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森繁の重役読本

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森繁の重役読本(もりしげのじゅうやくとくほん)は、向田邦子作・森繁久彌朗読によるラジオドラマである。ホテルオークラの提供で、1962年3月から1968年12月まで、東京放送文化放送などで放送局や放送時間を変えながら2448回放送された。向田の出世作といえる作品で、後に書籍化されている。

作品解説

ドラマの内容

サラリーマンを対象にした番組である[1]。毎回5分の放送時間の間、重役の肩書きを持つ主人公の男性が、聞き役の「森繁くん」と対話する形で進行する。重役以外の人物が登場して重役について語る回もあるが、主な登場人物はこの2人である。いずれの人物も森繁が演じている。

話の内容によっては2人だけでなく、妻や子供や親や家政婦や出入りの職人や会社の部下や、馴染みのバーのホステスなど、重役を取り巻く人物が登場する回もあるが、これらの人物も森繁が演じている。

重役の人物像

三男二女の父親[2]であったり、女の子を持たない父親であったり[3]と家族の設定は一貫していないが、重役のキャラクターは一貫していて「もの哀しく、ちょっと面白いお父さんや中年おじさん」[4]である。

このような重役のモデルとなったのは向田の父であろう[5]と森繁は推測しているが、向田の実妹である向田和子も「父のことを誇張して書いてあるようなところがある」[6]と指摘している。そして、何度か番組を聴いたことがある父親自身の反応については「時折自分に似ていると思っても、自分がモデルになっているとはまったく思っていなかったようだ」[7]と述べている。

収録の過程

原稿用紙8枚前後の長さであった1回分のドラマを10回分まとめて、1週間に1度収録していた。しかし、当時から遅筆であった向田は収録直前まで執筆していて、収録する前に原稿が出来ていたことがなく[8]、スタッフと談話しながら出来ていない分を執筆していた[8]こともあった。そのようにして出来上がった「ひん曲がった字でタタっと連ねて書いてある」[9]原稿を、放送局に控えているガリ版切りの職人に渡して台本を作成した[9]

こうして森繁の手に台本が渡り、番組が収録されることになるのだが、森繁と向田が内容について議論し合うことも少なくなかった[9]。しかし、険悪な雰囲気となることはなく「楽しいケンカ」[9]であったと森繁は回想している。

向田の家族の反応

自分が台本を執筆した回の「ダイヤル110番」では前もって家族に連絡して、父と母と妹に放送を見てもらうほどであった[6]向田だが、この番組は家族に聴かれることを嫌がっていた[10]と森繁は証言している。

実際に台本を何度か読まされたことがある[6]妹の和子は、番組開始当初は会社に勤めていて時間帯が合わずに番組を聴くことが出来なかったため、向田に番組の録音テープを頼んだことがあった。しかし、向田が妹にテープを持ってくることはついになかった[11]。なお、実質的なモデルであった向田の父は車内でたまに聴いていて、帰宅してから番組の内容を母に話していた[6]

作品の評価

6年以上も放送されるほどの人気番組であったが、その成功は進行を務めた森繁の絶妙な話術に負う所が大きい[12]と、高島俊男は指摘している。また、「重役読本」の脚本に取り組んでいる間に、後にヒットした数々のテレビドラマやエッセイを生み出す基礎を築き上げたのではないかと、森繁を始めとする多くの人々が指摘している[4][13][14]

また、森繁は、最初に彼女が持って来た台本を読んだ時に「文才の冴えを感じ��」[15]と述べている。そして「作品の構成力は弱い」[15]ものの、「昔の日常茶飯」[15]といえる出来事を「巧みに比喩を用いて上質のユーモアを交えて再現している」[15]と指摘し、向田文学の初期のエッセンスが詰まっている[15]と分析している。また、作品中で垣間見られる生き生きとした会話は、森繁だけでなく当時のスタッフも評価した[15]と証言している。

後に森繁から向田を紹介され、半年の間向田に脚本の書き方を指導することになった作家の市川三郎も、「当時から円熟していた」[16]とこの作品を評価している。作品から想像する限りでは作者の向田は年配の女性かと思っていたが、実際には若い女性であったことに驚きを感じたと語っている[16]。しかし、市川はこの作品から向田の弱点も見抜いていて、「いろごと」の描写については未熟であった」[17]と分析している。

制作の背景

作家活動に専念する前は雄鶏社に勤務していた向田であったが、すでにアルバイトでテレビドラマ「ダイヤル110番」の脚本を数本執筆していた。やがて、テレビ番組だけでなくラジオ番組の脚本も手がけるようになり、森繁がラジオパーソナリティを務めていた番組「奥さまお手はそのまま」の脚本も手がけた。この作品は複数の作家が担当していたが、森繁の雰囲気に最も似合うものを書いたことで、森繁に認められることとなった。

これがきっかけで開始した「重役読本」は、向田が雄鶏社を退職して脚本を手掛けた初めての番組である。また、他の脚本家と合同で手がけていた数々の番組と異なって、「重役読本」は単独で手がけた初めての番組でもある。番組開始当初はこの番組の執筆のみに専念していたが、やがて「重役読本」に加えて数々のラジオ番組の脚本や、テレビドラマ「七人の孫」の脚本も手がけることとなった。

関係者からの影響

番組開始早々から向田の「得がたい才能」[18]を高く評価していた森繁は、自分が主演している映画「社長シリーズ」を始めとするいくつかの作品に彼女を推薦した[18]。そのため、向田は「社長シリーズ」の脚本の執筆も試みたが、「都会的・知的」[10]な社長を登場させたことが「終始ドジを踏み続ける社長」[18]を登場させて「毎回同じような展開」[18]を望む製作者側の意向に沿えずに没となった。

また、向田が短期の間師事し、「私の先生」と公言した[16]市川の影響も大きい。長寿番組となる数々の番組の脚本を手がけた市川は、森繁がラジオパーソナリティを務めた「ラジオ喫煙室」の脚本も担当していた。「重役読本」開始当初に、森繁は市川に対して「重役読本」の評判が良いことを理由に、向田を「ラジオ喫煙室」へ推薦するとともに、向田の世話を依頼した[16]

そして、市川は週に2回ほど自宅に訪れる向田に、脚本の書き方を指導することとなったが、「日常の話し言葉をそのまま文字にうつす訓練」[16]ともいえる指導を「負けず嫌いと凝り性と勘の良さ」[16]で会得した向田は、会話において「助詞を省き短くリズミカルな」[16]描写を、ドラマの脚本だけでなく後に発表された小説にも生かすようになった[16]

現存する台本

番組に関する公式な音源は残されていないものの、台本は205冊現存する。これらの台本は向田の母校である実践女子大学図書館内の向田邦子文庫が所蔵している。内部の学生だけでなく、外部の人間も所属機関を通した手続きを行うことで閲覧が可能である。

「小さなトラックいっぱいぐらいあった」[19]大量の台本を収納出来ないことを理由に、向田は麻布霞町のアパートから南青山のマンションへの引っ越しの際に台本を全部処分したが、森繁が自宅の資料室にほとんどすべての台本を保管していたことから、寄贈の実現に至った。

書籍化

「重役読本」を放送していた当時、森繁は向田にこの作品を出版物にするように何度も勧めた[18]が、向田は書籍化に対して意欲的な姿勢を示さず[18]、生前に書籍となることはなかった。しかし、平成になってから、台本から選出した作品をもとに再編集した単行本『森繁の重役読本』と『六つのひきだし』がネスコから出版され、後に文庫本として文春文庫から出版された。

なお、『森繁の重役読本』では「あ・重役(あ・うん)」「重役トランプ(思い出トランプ)」「重役貫太郎一家(寺内貫太郎一家)」「妻どき女どき(男どき女どき)」「重役の詫び状(父の詫び状)」「重役仮名人名簿(無名仮名人名簿)」「霊長類重役科動物図鑑(霊長類ヒト科動物図鑑)」と、各章の題名が向田の手がけた作品の題名を捩ったものとなっている。

脚注

  1. ^ 『向田邦子を旅する。』 94頁。
  2. ^ 『森繁の重役読本』 74頁。
  3. ^ 『森繁の重役読本』 124頁。
  4. ^ a b 『向田邦子熱』 215頁。
  5. ^ 『森繁の重役読本』 233頁。
  6. ^ a b c d 『向田邦子の青春』 157頁。
  7. ^ 『向田邦子の青春』 158頁。
  8. ^ a b 『六つのひきだし』 194頁。
  9. ^ a b c d 『森繁の重役読本』 231頁。
  10. ^ a b 『森繁の重役読本』 235頁。
  11. ^ 『向田邦子の青春』 157頁。
  12. ^ 『メルヘン誕生』 149頁。
  13. ^ 『森繁の重役読本』 232頁。
  14. ^ 『向田邦子を旅する。』 95頁。
  15. ^ a b c d e f 『森繁の重役読本』 233頁。
  16. ^ a b c d e f g h 『向田邦子を旅する。』 102頁。
  17. ^ 『向田邦子を旅する。』 103頁。
  18. ^ a b c d e f 『森繁の重役読本』 234頁。 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "j"が異なる内容で複数回定義されています
  19. ^ 『向田邦子全対談』 49頁。

参考文献

外部サイト

  • 向田邦子文庫 - 台本を所蔵している。「所蔵コレクション」に台本の画像が掲載されている。