橋爪敏太郎

日本の将棋棋士

橋爪 敏太郎(はしづめ としたろう、1909年3月17日 - 1973年10月25日)は、将棋棋士。七段。宮松関三郎八段門下。東京府東京市(現:東京都文京区[注 1])出身。

 橋爪 敏太郎 七段
名前 橋爪 敏太郎
生年月日 (1909-03-17) 1909年3月17日
没年月日 (1973-10-25) 1973年10月25日(64歳没)
プロ入り年月日 1936年
引退年月日 1959年(50歳)
出身地 東京府東京市(現:東京都文京区[注 1]
所属 日本将棋連盟(関東)
→将棋大成会(関東)
→日本将棋連盟(関東)
師匠 宮松関三郎八段
段位 七段
順位戦最高クラス C級
2022年2月21日現在
テンプレートを表示

経歴

編集

1926年に宮松関三郎に入門。1936年に四段に昇段。戦後、1946年の第1期順位戦C級クラスに参加し、翌年六段に跳び昇段。C級2組からの降級により1959年に引退。

1962年日本将棋連盟が女性教室を開始した際、当時奨励会会員だった蛸島彰子と共に講師を務めた。

昇段履歴

編集
  • 1926年 入門
  • 1936年 四段
  • 1947年5月10日 六段に跳び昇段(順位戦C級上位)
  • 1968年11月3日 七段(表彰感謝の日表彰)

脚注

編集

注釈

編集
  1. ^ a b 東京都は1943年設置。文京区は1947年に小石川区本郷区が合併して成立。

出典

編集

関連項目

編集