コンテンツにスキップ

笑パーティー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

笑パーティー1980年代に活動したコミックバンドコントトリオ。表記が「笑・パーティー」(中に点が入る)だったこともある。

メンバー

[編集]
コミックバンド「チロリン5」元メンバー。
パントマイマー。師匠はヨネヤマ・ママコ
桑沢デザイン研究所卒業。
  • 杉浦正士(すぎうら まさひろ 本名同じ、東京都出身、1947年 - ) 構成、演出。舞台には登場しない影のメンバー[1]
ダ・カーポマネージャー。ヨネヤマ・ママコに師事。彼らが所属したドゥー企画の社長。

概要

[編集]

1982年に結成[2]。ばんきんや、松元ヒロ、石倉チョッキの3人によるコミックバンドや、コントが主体。特に松元ヒロのパントマイムは評判が高かった。六本木のショーパブ「バナナパワー」等で活動。杉浦正士は構成や演出を担当していた。

1983年に『お笑いスター誕生!!』へ出場。4週勝ち抜き、銅賞を獲得する。その後、オープントーナメントサバイバルシリーズでは上位進出の常連として活躍。第4回には優勝し、賞金100万円を獲得した[2]。第2、3、6回でも決勝に進出している。

1988年に「キャラバン」、「ジョージボーイズ」とともに社会風刺コントグループの「ザ・ニュースペーパー」を結成[3]したため、自然消滅した。後に3人はいずれも「ザ・ニュースペーパー」を退団している。

ばんきんやはコミックバンド「バンバンG」のリーダーとして活動する一方、2000年、東京都目黒区にミュージックライブハウス「バンバンG」を開いていたが、2009年に閉店した[4]

松元ヒロはピン芸人として活動。

石倉チョッキは「石倉直樹」名義でピン芸人として活動する。すわ親治松崎菊也と政治風刺ライブ&冗談音楽「はだかの王様」を年4回公演していたが、2012年4月に終了した[5]。また、2002年にはすわ親治と「浦安ナイトクラブ」を結成し活動していた。

杉浦正士はトリック・スター社の代表として「ザ・ニュースペーパー」の舞台構成、演出担当として活動[6]。2008年に代表を降り、替え歌シンガー杉笑太郎と名前を変えてデビュー、その後コウタとのデュオでも活動した。

受賞歴

[編集]

レコード

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ お笑いスター誕生!!』やレコードジャケットにも出ていない。
  2. ^ a b c 「「笑パーティー」が公演 22日から、新宿コメディシアター」読売新聞東京夕刊、1987年5月15日、13頁。
  3. ^ 「社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」/介護保険、少年犯罪などテーマに/16日大阪、17日神戸/コント約10本上演」、神戸新聞夕刊、2000年10月13日、7頁。
  4. ^ R500m (2009年11月9日). “閉店のお知らせです★”. 2012年11月17日閲覧。
  5. ^ はだかの王様 (2012年4月). “急告!! 重要なお知らせ”. 2012年11月17日閲覧。
  6. ^ 憲法メディアフォーラム (2005年). “インタビュー 「直言40」「ザ・ニュースペーパー」プロデューサー 杉浦正士さん”. 2012年11月17日閲覧。

外部リンク

[編集]