LIFESTYLE / TRAVEL

京都の伝統と美意識が凝縮した3つの宿【歴史と伝統を紡ぐ日本の宿vol.2】

老舗と呼ばれる旅館が数多く存在する京都において、真の京都らしさを、言葉ではなく、美しく設えた客室や京の四季を映し出す庭、料理人の技を込めた食事で表現する名宿3軒を訪ねる。

【柊家】名立たる文化人に愛されてきた京都を代表する宿

四条通と三条通を南北につなぐ麩屋町通りには、柊家をはじめとする老舗旅館が集中している。

1818年の創業の柊家(ひいらぎや)は、幕末の志士にはじまり、皇族、政財界の要人、文化人に愛されてきた京都を代表する日本旅館。川端康成や三島由紀夫から、チャップリン、アラン・ドロンにいたるまで、この宿に魅了された著名人は枚挙にいとまがない。とくに川端康成は「私は京阪のほかの宿で泊まった後でも柊家へ落ちつきにゆき」と寄稿文を寄せるほどの気に入りよう。三島由紀夫が、1970年の事件の1カ月前に、人生最後の旅の宿に選んだのもここ柊家だった。

京都の風情を感じる格子窓と打ち水された石畳。

かつては人力車も出入していたという入口の格子戸をくぐり、石畳の小径を進むと、およそ200年の歴史を京都とともに歩んできた本館が迎える。改修築をくり返しながら今の姿に至った建物は、柱や長押(なげし)、畳、襖など、すべてにゲストを虜にして止まない柊家らしさが宿っている。文化人ゆかりの品が数多く残る本館から、ほの暗い漆塗りの廊下を通って、2006年にオープンした新館へ。時代に合わせた空間設計のなかに、京都の伝統と美意識を感じさせる意匠が凝らされ、どちらも柊家に来たなとしみじみと感じさせる風情に満ちている。

江戸末期から昭和まで、それぞれに年月を重ねた趣を感じる本館の客室。

柊家旅館
京都市中京区麩屋町姉小路上ル中白山町277
Tel./075-221-1136
料金/1人1泊68,000円~(2名1室利用・2食付)※2024年5月現在
https://www.hiiragiya.co.jp/

【文珠荘 松露亭】天橋立の景観を楽しむ総平屋数奇屋造りの宿

客室・龍燈より。端正に整えられた庭の立ち木の間から、日本三景の絶景が覗く。

文珠荘 松露亭は、目の前に日本三景の見事な眺望が広がる、天橋立の国定公園エリア内にある唯一の旅館だ。江戸時代に近くの寺の山門前にあった茶屋がルーツで、明治時代に旅館を開業。現在の松露亭は、1954年にオープンした全館総平屋数寄屋造りの別館にあたる。作家・山口瞳は、宿の前に静かに広がる海を指して、「日本人なら一度はあの真っ平らな光景に接してもらいたいものだ」と書き、1995年のリニューアルの際には小説家の藤本義一が「松露亭」と命名した。

大浴場の湯は「神々の遊湯」と讃えられ、美肌効果も高い天橋立温泉。

客室は全6室。窓の向こうには、白砂青松と呼ばれる白い砂と6千本を超える松林、阿蘇海の静かな水面が広がっている。「含ラジウム・鉄(Ⅱ)―ナトリウム―塩化物泉」と少々複雑な泉質の温泉は、美肌効果が高いだけでなく、万病に効果のある湯。夕食は、日本海に面した天橋立ならではの新鮮な海の幸が堪能できる京会席。料理長の武本元秀は2018年に厚生労働省の「現代の名工」に選ばれ、2021年には黄綬褒章も受賞した日本料理界が誇る名匠だ。

日本海で獲れた魚介を中心とする新鮮な食材を使い、現代の名工・武本元秀が腕を振るう。

文珠荘 松露亭
京都府宮津市天橋立文殊堂岬
Tel./0772-22-2151
料金/1人1泊59,400円~(2食付)※2024年5月現在
https://shourotei.com/

【料理旅館・天ぷら 吉川】サクサクの天ぷら会席が味わえる料理宿

季節の食材を白大豆油で揚げる天ぷらは、香ばしくて口当たりが軽い。

三条大橋の近く、洛中と呼ばれる京都市内の中心に、1952年に創業した料理旅館・天ぷら 吉川。明治期の京都を代表する文人の一人、漢詩人・江馬天江の数寄屋造りの邸宅を改修した、全8室の小さな旅館だ。敷地のおよそ3分の1を占める見事な庭園は、小堀遠州作と伝わる「退享園」の一部を残したもので、一歩足を踏み入れると、洛中の喧噪がうそのような静寂が広がっている。

小堀遠州作と言われる庭園を望む和室。徳川家にも仕えた茶人・小堀遠州は造園に才能を発揮した。

創業時の朝食だけを出す「片泊まり」の宿から、1964年の東京オリンピックに合わせて、海外のゲストでも受け入れやすい天ぷら専門の料理旅館へと思い切って転身。名物の天ぷらは、旬の食材を目の前で揚げる「天ぷらカウンター」で、または京都の四季を映し出す八寸、造り、吸物などとともに会席料理として客室で提供される。2階から本庭を見下ろす、二間続きの「丹頂」や京町家らしい坪庭を眺めることができる「鴛鴦」(おしどり)など全8室の客室は、すべて異なる設えだが、日本の伝統建築の粋を集めた空間は清廉さに満ちて、ただそこに居るだけで気持ちが休まるようだ。

お座敷はビジターでも利用可能。庭園や坪庭の景色を眺めながら天ぷら会席が楽しめる。

料理旅館・天ぷら 吉川
京都市中京区富小路通り御池下ル
Tel./075-221-5544
料金/1人1泊50,600円~(2名1室利用・2食付)※2024年5月時点
https://www.kyoto-yoshikawa.co.jp/

Text: Yuka Kumano Editor: Sakura Karugane